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No.001・ソニーグループ

10坪の間借りから、20階建ての本社へ。ソニーのオフィス80年

窓ガラスもない百貨店の一室、銀座の10坪の事務所、天井の穴から星が見えた古い工場。ソニーのオフィスは、間借りと立ち退きを繰り返すところから始まりました。御殿山に根を下ろして60年、2007年に品川駅の反対側へ。8つの場面でたどります。

最初のオフィス約10坪
いまの本社延床 約16万㎡
拠点の数3か所→1か所
御殿山にいた期間約60年
本社で働く人約20人→約6,000人

1本社はこう動いた

1日本橋・白木屋1945|約10坪2銀座・徳屋ビル1946|約10坪3品川・御殿山1947–20074港南・ソニーシティ2007–地図:© OpenStreetMap contributors
  1. 1
    1945 日本橋・白木屋百貨店の3階約10坪・約20人

    窓ガラスもない部屋を借りて始める

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    1946 銀座・徳屋ビル(事務所)約10坪。工場は吉祥寺と三鷹台

    白木屋から立ち退きを求められる

  3. 3
    1947 品川・御殿山の古い工場工場70坪から「ソニー村」へ。1990年に旧本社ビル

    全員が1か所で働ける場所を探して

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    2007 港南・ソニーシティ20階建て・延床 約16.3万㎡・約6,000人

    御殿山などの約4拠点を1つにまとめる

    ソニーシティのビルページ →

地図はOpenStreetMapの上に、本社(創業期は事務所)の場所だけを、北を上にして描いています。番号は移った順です。1946年の工場(吉祥寺・三鷹台)は約15km西で、地図の外になります。

28つの場面

1945.10東京通信研究所

白木屋百貨店の3階、窓ガラスのない10坪

終戦後、井深大は疎開先の長野県須坂から仲間と上京し、日本橋の白木屋百貨店3階に10坪ほどの部屋を借りました。戦災で窓ガラスもない部屋に物資を少しずつ運び込み、1945年10月に「東京通信研究所」の看板を掲げます。翌1946年5月、ここで東京通信工業を設立しました。

建物は1931年完成の白木屋本館(設計:石本喜久治)。1932年の大火を経て、戦災も受けた百貨店の一角でした。いまは同じ場所にコレド日本橋が建っています。

所在地
東京都中央区日本橋1丁目(現・コレド日本橋の場所)
広さ
約10坪(約33㎡)
人数
約20人
家賃
記録なし(広報に確認予定)
白木屋本館(1931年ごろ)
白木屋本館(1931年ごろ)写真:撮影者不詳/Public domain出典:Wikimedia Commons https://commons.wikimedia.org/wiki/File:ISHIMOTO-Shirokiya-3.jpg
閉店直前の東急百貨店日本橋店=旧白木屋(1999年1月)
閉店直前の東急百貨店日本橋店=旧白木屋(1999年1月)写真:ITA-ATU/CC BY-SA 4.0出典:Wikimedia Commons https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tokyu_Nihonbashi_at_January_1999.jpg

19463か所に分散

立ち退き。事務所は銀座、工場は吉祥寺と三鷹台へ

設立から間もなく、白木屋から部屋を明け渡してほしいと頼まれます。工場は吉祥寺に見つかり、手狭なため三鷹台の工場の一部も借りました。事務所はなかなか見つからず、立ち退き期限の直前に、岩間和夫の叔父の紹介で銀座の徳屋ビルに10坪ほどの場所を確保しました。

拠点が3か所に分かれ、銀座の事務所で炊いたご飯をリュックで工場へ運んだという話が残っています。

事務所
銀座・徳屋ビル(約10坪)
工場
吉祥寺、三鷹台(一部を借用)
1946年の銀座の歩道(街並みの参考)
1946年の銀座の歩道(街並みの参考)写真:Kōji Morooka/Public domain出典:Wikimedia Commons https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ginza_sidewalk_in_1946.jpg

徳屋ビル(銀座)、吉祥寺・三鷹台の工場の写真は公開資料で見つからず、広報に確認予定です。

1947.01本社・工場を集約

御殿山の古い工場、天井から星が見えた

三鷹台の工場からも立ち退きを求められ、1946年の暮れ、井深と盛田は全員が一緒に働ける場所を探し歩きました。見つけたのは品川・御殿山で別の会社が使っていた古い工場です。床には穴があき、天井の穴から星が見えるほどでしたが、1947年1月に2つの工場と事務所をここへまとめました。

所在地
東京都品川区北品川(御殿山)。現・ガーデンシティ品川御殿山の場所
広さ
工場70坪(創業の地の碑文より)
人数
70人(1948年)

1949木造2階建て

「山の上工場」を新設

製品が増えて工場が手狭になり、御殿山の台地の上に木造2階建ての工場を建てました。社内で「山の上工場」と呼ばれた建物です。ここから御殿山の拠点は少しずつ増えていきます。

1950s–2000sソニー村

御殿山一帯が「ソニー村」に

テープレコーダー、トランジスタラジオ、トリニトロン、ウォークマン、PlayStationはこの一帯で生まれました。本社棟や号館が周辺に建ち並び、五反田駅からの道は「ソニー通り」と呼ばれるようになります。1961年2月には、最初の工場の跡に「創業の地」の碑が建てられました。

この時代の本社棟の名前と竣工年は、公開資料ではまだつかめていません(広報に確認予定)。

ソニー歴史資料館(2016年、2018年閉館)
ソニー歴史資料館(2016年、2018年閉館)写真:PekePON/CC BY-SA 4.0出典:Wikimedia Commons https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sony_Archives_2016.JPG

1990旧本社ビル

旧本社ビル(NSビル)が完成

北品川5丁目に9階建ての本社ビルが完成しました。2007年に港南へ移るまで、ここがソニーの本社でした。

所在地
東京都品川区北品川5-1-12
規模
地上9階、延床 17,719㎡
御殿山のソニーの建物(2005年)
御殿山のソニーの建物(2005年)写真:Brandon Daniel/CC BY-SA 2.0出典:Wikimedia Commons https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sony_old_headquarters_in_Gotenyama,_Oct_2005.jpg
  • 写真「ソニー旧本社ビル(NSビル)2014年6月撮影」(撮影:ビル景 JAPAN)は掲載の許可を確認中です。ビル景 JAPANで見る ↗

2007.02現在の本社

港南のソニーシティへ。4拠点を1つに

品川駅港南口に建てたソニーシティに本社を移し、旧本社・旧本社2号館・旧大崎西テクノロジーセンター・品川テックの約4拠点をまとめました。1フロア約7,000㎡と広く取り、19階まで続くエスカレーターと、3フロアごとの共用スペースで部署の行き来を促す設計です。移転時は本社部門が18〜19階、12階がカフェテリアでした。

建物はグループのソニー生命が持ち、2014年には土地も528億円でソニー生命へ移しました。2026年に1階エントランスを改装し、80年の歩みを展示しています。

所在地
東京都港区港南1-7-1
規模
地上20階・地下2階、高さ99.4m、延床 約16.3万㎡
竣工
2006年10月(設計:プランテック)
人数
約6,000人(2007年移転時)
家賃
グループ所有のため家賃なし
移転直後のソニーシティ(2007年4月)
移転直後のソニーシティ(2007年4月)写真:Hiroyasu. N/CC BY 2.0出典:Wikimedia Commons https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sonyheadquartersnight.jpg
ソニーシティ外観(2019年)
ソニーシティ外観(2019年)写真:Tyvic/CC BY-SA 4.0出典:Wikimedia Commons https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sony-hq-2019.jpg
  • 写真「エントランスアトリウム・12階のカフェテリア・19階までつながるエスカレーター(2007年)」(撮影:PC Watch)は掲載の許可を確認中です。PC Watch(大河原克行)で見る ↗
RIACHUのビルページ:ソニーシティ →

2014–2018御殿山を離れる

ソニー村の解体

2014年、御殿山の旧本社ビルと隣の号館を住友不動産へ売却し、2014年末から解体が始まりました。跡地では2020年に地上19階のオフィスビルの工事が始まりました。最後まで残ったソニー歴史資料館も2018年12月に閉館し、御殿山にはソニー御殿山テクノロジーセンターと「創業の地」の碑が残ります。

いまも残るソニー御殿山テクノロジーセンター
いまも残るソニー御殿山テクノロジーセンター写真:Syced/CC0出典:Wikimedia Commons https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sony_Gotenyama_Technology_Center.jpg
  • 写真「解体が始まったソニー旧本社ビル(2014年12月21日撮影)」(撮影:再開発調査兵団 団長)は掲載の許可を確認中です。再開発調査兵団で見る ↗
  • 写真「跡地に建つガーデンシティ品川御殿山(2013年1月)」(投稿:T.K.さん)は掲載の許可を確認中です。発祥の地コレクションで見る ↗

3写真台帳

場面写っているもの持ち主・撮影者扱い
1945.10白木屋本館(1931年ごろ)撮影者不詳/Public domain自由に使える
1945.10閉店直前の東急百貨店日本橋店=旧白木屋(1999年1月)ITA-ATU/CC BY-SA 4.0自由に使える
1945.10東京通信工業株式会社の看板所蔵:ソニーグループ許諾確認中
19461946年の銀座の歩道(街並みの参考)Kōji Morooka/Public domain自由に使える
1947.01御殿山の工場前で(左から)樋口、岩間、井深、盛田(1947年)所蔵:ソニーグループ許諾確認中
1949山の上工場(1949年)所蔵:ソニーグループ許諾確認中
1950s–2000sソニー歴史資料館(2016年、2018年閉館)PekePON/CC BY-SA 4.0自由に使える
1950s–2000s「創業の地」の碑(2013年1月)投稿:T.K.さん許諾確認中
1990御殿山のソニーの建物(2005年)Brandon Daniel/CC BY-SA 2.0自由に使える
1990ソニー旧本社ビル(NSビル)2014年6月撮影撮影:ビル景 JAPAN許諾確認中
2007.02移転直後のソニーシティ(2007年4月)Hiroyasu. N/CC BY 2.0自由に使える
2007.02ソニーシティ外観(2019年)Tyvic/CC BY-SA 4.0自由に使える
2007.02エントランスアトリウム・12階のカフェテリア・19階までつながるエスカレーター(2007年)撮影:PC Watch許諾確認中
2014–2018いまも残るソニー御殿山テクノロジーセンターSyced/CC0自由に使える
2014–2018解体が始まったソニー旧本社ビル(2014年12月21日撮影)撮影:再開発調査兵団 団長許諾確認中
2014–2018跡地に建つガーデンシティ品川御殿山(2013年1月)投稿:T.K.さん許諾確認中

4出典

写真・数字に誤りがあれば、お問い合わせからRIACHU編集部までお知らせください。